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夭折のヴィーナス

























夭折のヴィーナス


歌手
本田美奈子.さん

「生きるために生きる」壮絶な闘いを経て…
ロックシンガー
川村カオリさん

「乳がんと闘って、そして残したもの」

私もがんに
なりました


参議院議員
三原じゅん子さん

「病気になって無垢な気持ちになりました」
歌手
園まりさん

「投げない、捨てない、あきらめない」
モデル
MAIKOさん

「乳がん一年生」

名医に聞く


慶應義塾大学医学部産婦人科教授
青木大輔先生

【子宮頸がん】
昭和大学医学部乳腺外科教授 昭和大学病院ブレストセンター長
中村清吾先生

【乳がん】

私の生き方


エッセイスト
桐島ノエルさん

「自分を変えた、ヨガ、アロマ、瞑想」

ロックシンガー川村カオリさん
「乳がんと闘いながら歌い続け走り続けた壮絶な生き様」


自分の体は自分で守るしかない
身をもって検診の大切さをアピール


その後、抗がん剤治療による体調不良をおして、川村さんは各地で行われた「ピンクリボン」のイベントに参加し、早期発見のため検診の大切さをアピール。2008年秋には神戸で行われたピンクリボンスマイルウォークで大ぜいの人たちと共に歩き、触れ合いました。
ブログでも「自分の体は自分で守るしかないのです。やりたい事もなりたい自分も健康であってこそ・・・。今となっては本当にそう思います。どうか皆さんご自愛ください。1人でも多くの人が検診による健康維持が出来ることを願います」(2008年10月20日付)と綴るように、繰り返し検診の大切さを訴えていきます。アーティストである自分が発信することで、誰かの命を救えるかもしれない...使命感ともいえる思いから、メディアのインタビュー取材やテレビの密着取材などの仕事も受けるようになりました。
そんなときの川村さんは、朗らかな笑顔で、ときにジョークを飛ばす余裕さえ見せていました。自分は絶対に病気に負けない。それに、自分がメソメソしていては、病気に苦しむ人たちを勇気づけることはできない、そんな気持ちで、自らを鼓舞させていたのでしょう。実際、彼女の周辺にいた友人やスタッフは、川村さんが発する圧倒的なバイタリティに驚かされることが多かったといいます。常人なら打ちのめされるほどの試練に立ち向かうように、川村さんは生きたのです。自分のため、みんなのため、そして、何より愛する娘のために。

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●命を賭けて敢行したデビュー20周年記念ライブ
●33歳で乳がん宣告。左乳房の全切除を決断
●再発・転移の衝撃告白。それでも 「後ろは振り向かない」
●自分の体は自分で守るしかない。身をもって検診の大切さをアピール
●最愛の一人娘のためにも私は死ねない、私は生きる
●今も届く、川村さんへのメッセージ。その生きざまに深く感動
●Biography




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