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夭折のヴィーナス

























夭折のヴィーナス


歌手
本田美奈子.さん

「生きるために生きる」壮絶な闘いを経て…
ロックシンガー
川村カオリさん

「乳がんと闘って、そして残したもの」

私もがんに
なりました


参議院議員
三原じゅん子さん

「病気になって無垢な気持ちになりました」
歌手
園まりさん

「投げない、捨てない、あきらめない」
モデル
MAIKOさん

「乳がん一年生」

名医に聞く


慶應義塾大学医学部産婦人科教授
青木大輔先生

【子宮頸がん】
昭和大学医学部乳腺外科教授 昭和大学病院ブレストセンター長
中村清吾先生

【乳がん】

私の生き方


エッセイスト
桐島ノエルさん

「自分を変えた、ヨガ、アロマ、瞑想」

ロックシンガー川村カオリさん
「乳がんと闘いながら歌い続け走り続けた壮絶な生き様」


最愛の一人娘のためにも
私は死ねない、私は生きる


川村さんの、最も大きな生きる原動力となっていたのが、2001年に授かった最愛の一人娘・るちあちゃんでした。もともと妊娠する可能性が極めて低いといわれていた川村さんが、二度の流産という悲しみを経て授かった大切な命。自分よりも大事だと断言するほど、深く大きな愛情を捧げた存在です。
ママのいっぱいの愛を注がれたるちあちゃんは、子どもでありながら、どこかしっかり者の友人のように成長していきました。川村さんの乳がんの再発と転移がわかったのは、2007年に夫と離婚した後、そんな母娘の結びつきがさらに強まっていた頃でした。
るちあちゃんとの母娘の絆はブログにも紹介されています。その中から七五三の日の1コマ。「...式の最中に『では願い事を祈って下さい』と言われました。こそこそと内緒話で娘が打ち明けてくれた『ママの病気が治りますようにって何度も言ったからね!』ママは号泣しそうになりました。貴方のためのお祝いだというのになんて心優しい子なんだろう。貴方は私の宝です。生きますから。」(2008年11月15日付)
川村さんは、自身が母親との悲しい別れを経験していることもあり、幼い娘を残していくことはできないと強く思い、1日でも長く生きることを心に誓います。

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●命を賭けて敢行したデビュー20周年記念ライブ
●33歳で乳がん宣告。左乳房の全切除を決断
●再発・転移の衝撃告白。それでも 「後ろは振り向かない」
●自分の体は自分で守るしかない。身をもって検診の大切さをアピール
●最愛の一人娘のためにも私は死ねない、私は生きる
●今も届く、川村さんへのメッセージ。その生きざまに深く感動
●Biography




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